ファウスト vol.1

虎ノ門でも買えました、ファウスト。雑誌扱いなんだねー、やはり。
買ってみて、表紙が微妙な理由がわかりました。*1どごぞの雑誌と同じく、本全体の版型よりも表1が短いんだよね。微妙に表紙がめくりあがります。何て言うだっけ、この装丁? よく雑誌広告なんかであるやつなんですが、造本上なにか呼称があるはずなんだけど……誰か知りませんか? (ページ用紙を長く作り、内側に折り込む事でチリよりも短くなっているもの。ページを片手で繰った際にそのページだけチリより短いので開きやすくなっている、ので、広告にはよく使われる。)むむー、思い出せないだけに気持ち悪い。
そんなことはどうでも宜しい。内容は未だきちんと読んでいません。昼休みに買ってきただけなので。新現実あの雑誌よりも面白い展開になりそう。流通量にも寄りますが、あの版型・装丁であれば、編集がメインターゲットとしている読者層へは届きやすい。例えば中学生ぐらいの層だと、メフィストの置かれた書棚よりもファウストの置かれるだろう書棚に行くだろうし、キャッチーだからすぐ手に取るだろうと思う。そういった意味で、版型がノベルスサイズなのはgooでした。扱いやすいし読みやすい。
表紙が香ばしいとか、内容が香ばしいとかいうのは、編集がメインターゲットにしている層よりも上の層のユーザーから出る反応だと思う。内容をパラパラする分に、あれは順当な選択だ。それが真っ先の感想。電撃hpは創刊時にはもっと新しい動きになるんじゃないかと思っていたけれど、実際は思ったほどでもない。少なくとも私はそう感じた。ファウストが引き起こす波があるのかもしれない。あってほしいと思う。
メフィスト賞という賞ができた時、ミステリ同人界隈ではそれほど騒がれなかったように思う。『すべてがFになる』が発行された頃、私はいわゆるミステリ同人界にいた。発売されてから後、パロディ同人誌や評論同人をしている人に感想を聞いたことがある。賛否両論だった。私はどちらかといえば、評価が低かった。後に刊行される『冷たい密室と博士たち』が読みたかった。その話が受賞のきっかけになった話のはずだったから。しかし、評判云々以上に読んでいない人が思いの外多かった。本当に意外だった。新本格というブランドを送り出した講談社文三が新設した新人賞にどうして新本格パロディをやっている人たちは反応しないんだろう? 苛ついた。 ――今思えば、反応している人は居たんだろうと思う。その頃のミステリパロディといえば有栖川の火村シリーズパロディの全盛期で、京極同人が丁度増え始める頃だ。小説FCというジャンル内でのバブル前夜だったんだろう。 私と友人はその頃作っていた、パロディベースではない同人誌で『すべてがFになる』を扱うことにした。この本に対する周囲の反応がよく判らなかったから。読んだという人に感想を求め、原稿を貰った。その同人誌の入稿締め切り直前に発売されたのが『冷たい密室と博士たち』だ。単純に嬉しかった。何かが始まる予感に溢れていた。このままのペースでこれが発行され続けるのであれば森博嗣はすごく面白いことになる、というようなことを原稿に付け足した。ちっちゃな本だったけど、それでも良かったと思う。あれがもう8年も前のことだ。今はミステリ同人から遠退いてしまったけれど、webに繋がっているとその頃をふと思い出す。
ファウストには期待している。諸手を挙げてとは行かなくとも、この雑誌が新しい波を引き寄せることを期待している。

というか、まだ読了していないんだけどね!<それかよ。 仕事上がったら読みますー。*2

*1:イラストとかはもう慣れました。というか、ファウストのような雑誌はむしろライトノベルにありそうなイラストが表紙じゃないとむしろ違和感だって事も良く判りました。

*2:id:keigo2001:20030906 9/6の日記の通り、ちょっと考えるので、一旦消してしまいます。むー、よく考えてから書けっての>self