最近のはてなのことについての今の感想

最近はてなの話がダイアリー内外で色々出ているようですが、実際に使ってみた私の印象では、はてなダイアリーというもの自体は閉じられていると思うし、オフラインで似たものを探そうとすると、なんとなく「献血ルームの交流ノート」のような気がする。ゲーセンのノートよりは献血ルームのノート。*1なんとなくのイメージですが。

はてなダイアリーは、有意義(少なくとも参加している人にとって)な対話や議論が出ていることも確かだけど、それがすべてじゃない。キーワードによるリンク機能についてはダイアリー内で自動的に行われるもので、たとえばそれは外部の同じキーワードに自動的なアンカーが作られるわけじゃない。トラックバックを送る機能はあるけれど、それによってはてなダイアリーのすべてが開放されているわけじゃない。
だから、内輪っぽく見えるのは当然だろうし、内輪的な意識が利用者に発生するのも当然なんじゃないかなぁと思うわけですよ。はてなダイアリーというツール自体が唯一のベンダーによって運営されるサービスである以上、そのサービスを利用しているユーザーに共通した意識が出るのは自然なことだと思うし、思想はアプローチは違ってもどこか同族意識的なものがあるのは、あの自動的にリンクされる機能だと思う。キーワード機能を全部取っ払っている人はあまり関係ないかもしれませんが。
実質無料のサービスであるダイアリーのベンダーとして有限会社はてなに対する感謝する気持ちがある。無料で提供されているサービスをいくつか使ってきたけど、中でも非常に秀逸なので、どうするのか判らないけれど何かをどうにかしなきゃならないというような曖昧な使命感に似た何かを感じているのは確かだ。とりあえず、小さなことからこつこつと、急がないものははてな経由Amazonで買ってみようと思います。(あ、でもAmazonで実際に買い物をしたことがないや)Amazonのブックカバーは欲しいなぁ、なんとなく。

話をどんどんずらしているけど、私がはてなダイアリーの中でいいなぁと思うのは、以前(id:keigo2001:20030910#p1)も書いたように、使用目的がバラバラな人たちがキーワードでリンクするところだし、それは変わっていない。相変わらず良く判らないキーワードにリンクがあってそれをたどってみたりであるとか、最新のキーワードを見に行ってみたりする。一番最近だったら、「ピースな愛のバイブスでポジティブな感じでお願いしますよ」がキーワードとして登録されたとき、へーそんな事言ってたのねェ(生暖かい微笑)と思ったり。*2
んで、じゃあ自分はその機能を有意義な対話や議論、いわゆる「生産的」な活動に積極的に取り入れているのかといえば、実のところそれほどでもない。
ただ、自動的に誰かと繋がるということは、具体的な対象は持てないけれどどこかに帰属したいという宿り木のような、もしくは寄生したいというような欲求を程よく、つまり最低限な範囲で満たしてくれるし、主体をいまいち実感できないような私なんかには大変便利ツールなのである。伊達にユーザ数が増えてるだけじゃない。

私は、はてなダイアリーでパブリック設定になっている人の文章はすべて誰かに向けて(それは未来や過去の自身に向けてを含む)発信されているものだと思うし、引用やアンカーで被収集・被連結されることに何の疑問もない。むしろそもそも記事引用なんて、正しく行われているんだったら誰がやったって良いよ! と思ってる。別に守秘義務のあるような情報ではないし、アクセス制限があるようなドキュメントでないのなら、そこは前提であるべきじゃない? と思う。
ただ、そういうことが好きな人や集められたものに対して、漠然とインテリ臭がする気がするのは、本の最後に参考文献一覧が載っているのを眺めてそれらを読んだこともないのに「あー頭良さそう」なんて思う幻想に近いんだろう。最近のワセダ的とかDIME的とか慶應だとかいうように呼ばれている辺りを、私は自分の中で大雑把にそんな風に括っている。いや、だからといってそれがイコール頭良いということと直結はしていない。「頭良さそうだと感じる」という中に分類される印象だってだけだ。
もっと突き詰めて「ワセダ的」辺りを考えれば、そりゃもっと詳細な分析になるんだろうけど、私はあまりワセダというか早稲田というか、要するに有名大学や名門大学といわれるジャンルに詳しくないし、且つそれほど興味がないので、結局は良く判らないという結論に至りそうなので、むしろ積極的に放棄した。*3

んで、話をぐっと戻すと、キモイというのは繋がることに対する嫌悪のような気がするし、繋がっていることに対する自己嫌悪のような気もする。理解できないから気持ち悪いということではなく、理解できるけれど共感できないことに対する気持ち悪さかな。私は繋がりたいという欲求と繋がりを求める自分を酷く弱いものに感じる嫌悪があるから、キモイという気持ちはわかる。
今回のことに関して、私個人は、近藤さん=個人を名指ししている点についてはちょっとどうよ? と思いつつ、煽りが足んねぇよ、とも同時に感じた。はてなが小さな組織だからこそ近藤さんの名前が出てきたんだと思うし、もしこれが大きな組織のトップだったら明らかに祭りで煽っているだけに見えるんだろうなーと。だからそれぞれの人が自分とはてなの距離、自分とはてなの代表者である近藤さんとの距離を相対して今回のオフの話題に対したのだろうから、テンションが違うことによる違和感や居心地の悪さ、不快感を感じたんだと思う。
だから、はてなユーザーとしてはてなの運営を支援するためにオフ会というニュアンスで講演会や交流会のようなものを開き、そこで収益(金員以外の面でも良いけど)を出すという発想自体は否定されるところじゃないだろうし、もしそういうことがあるのであれば自分も都合のつく限り行ってみたいとも思った。
いっそゲイツぐらいにビッグネームで、個人のパーソナリティではなくキャラクタや地位を指すの固有名詞として近藤さんの名前を受け取れれば良かったなぁと。しかしそれは現状とミスマッチだろうと。

なんだか纏まらないんですが、どうしよ。しかもダラダラ長いし。


まぁ、馴れ合っていきましょうよ、色々と。

*1:…というか、献血ルームのノートって存在が絶妙ですよ。献血しに来てるのかノートに書きに来ているのか、あなたにとって献血って何ですか? とか、突っ込みどころ満載ですよ。たまにお母さんに連れられた子供がノートに落書きしている様子はある意味微笑ましいですよ。いや、最近行ってないけどね、献血

*2:このキーワードが有益かといえば、むしろ無益だと思うけど。それにしてもいっちゃってるなー、彼は。ピース。

*3:多分ムサビ的とかタマビ的とかいう辺りであればもっと自分の中では詳細に、しっくりとくるような分類が出来るんだろうけど、それは経験だったり知識だったりの差なので、どうのこうのしようというものじゃない。