確かに美大内トライブっていうのはあったなぁ

と、id:TRiCKFiSHさんの記事を遡って読みつつ思い返す。id:TRiCKFiSH:20030907#p1でムサビの建物の構造についてあったけれど、門から入って右側がデザイン系、左側がファイン系で、中央の道の並びにパン教養の講堂であるとか、図書館、資料館系の建物であったりするのは実に象徴的だと私も思って、私に関して言えば、その左側のほうには片手で足りるほどしか行ったことがない。ついでに食堂に関しても大まかに棲み分けがあったように思い、当時一番新しい建物(多分12号館)の下にある学食がデザイン系、ホール側にある古い食堂がファイン系だったように思う。単に互いの利便性なのかもしれないけれど、なんとなくそうなっていた。
んで、この二つがクロスする部分というのは非常に少なくて、これは他の美大でも同じなんじゃないかなぁと思うんですが、どうだった?>美大出身の人
私はデザイン系だったけれど、ファイン系に対してある意味憧れもあったし、ファイン系なんて直感でしょ…という見下しているとも思える感情もあった。*1個人的なイメージとしては、視デ=オサレ・ミーハー、工デ=職人、空デ=きれいめ・普通、基礎デ=謎・勉強、映像=ハイテク、建築=理系・頭良い、ファイン系=ファイン系、というイメージだったように思う。ファイン系=汚れる系、というのは確かにそうなんだけど、結構その辺は気にしないほうだった。女性でもつなぎとかって普通の光景だったし、暑い日に暗室の前の廊下(コンクリート打ちっぱなし&日陰で涼しい)にそのまま寝転がったりして、路上に座り込むとか言うのと全く別次元だったので、やはりちょっと不思議な感じなのかもしれない。
「普通大学」も比較的良く出る表現で、確かに美大というちょっと外れた社会とそれ以外とを差別化するための用語として使用されていたんだろうけど、しかし実際のところは美大なんてのは造形学部だか芸術学部だが美術学部だか名称自体は色々あっても要するには単一学部の大学であって(だからUniversityとというのは間違いでCollegeが正しいという話は頻繁に出る)その中で細分化されたトライブとかバンドとかいうもののイメージと、複合学部の大学に対する大まかなイメージとが並列して扱われているのため、たとえば「医学部」のようにデフォルメされた印象がある学部・学科以外はあまり認識できないために起こるんじゃないかなぁと思います。(あとは「文系」「理系」「六大学」というような大雑把な括りだったり、特定の大学、たとえば「東大」「早稲田」というようなもの)美大って狭い世界だからなぁ。だから「普通大学」っていうのは「美大以外の大学」を示す用語であって、それを使うことによって蔑視の構図が生まれるのは、指摘のあったように学業(美大の場合は「制作」)に対するモチベーションが違うのよ! とか芸術を学ぶ自分のマイノリティへの心酔と同時に、いわゆる学歴(偏差値であるとか、大学受験以前の勉強に対するスケール)に対するコンプレックスがあるのだと思うわけです。*2

うむ、全くまとまらない。

*1:しかし私個人では、それまでずっとファイン系の作業のほうが多かったし、それから逃れる、つまり美術とはあまり関係のない人が想像する「美術・芸術」的な作業に対して嫌気がさしていたから、ファイン系できちんと制作出来る人っていうのは凄いなぁと尊敬していた。当時は絵筆を握ると震えて涙が出るぐらいに拒絶反応があったもので

*2:実際、偏差値ではなくても大学や学歴に対する美大生のコンプレックスは結構高いと思うのだけど、どうでしょうか?>美大関係の人